「日本の政治家が、イスラエルのガザ地区大規模攻撃を支持してはならない根本理由」

Question
■イスラエルに理解を示す声も上がっていますが

 イスラム武装組織ハマスからのテロ攻撃を受けて、イスラエルが激しい軍事行動に踏み切りました。これに対し、日本でも理解を示す声が上がっていますが、橋下さんは「法の支配」の観点から異を唱えていますね。

Answer
■「退避」という名の強制移住も認めてはならない

 世界は今、「法の支配」という民主主義の大原則を、今後も守り続けられるかどうかの瀬戸際に立っていると僕は考えています。イスラエルとパレスチナの間には、歴史的に解きほぐすことの難しい問題が横たわっています。その特殊性から「法の支配の考え方を厳格に当てはめるのは困難」とする意見もあります。でも、中東の事情から法の支配を簡単に放棄してしまえば、世界は無秩序に向かってまっしぐらとなってしまいます。
 今回のハマスによる襲撃は明らかなテロ行為であり、イスラエルの自衛権は一定認められると、僕も考えます。ただし、その「自衛」はあくまで国際法で認められる範囲であり、国際人道法も順守する必要がある。特に、「均衡性の原則」は堅持しなければなりません。「ハマス殲滅のためならパレスチナの一般市民の犠牲もやむなし」「100人殺されたら、100倍返しの1万人殺してもいい」という論理は到底成り立ちません。そう考えると、今イスラエルが行っているガザ地区への大規模空爆は、果たして法の支配において正しいことか、僕は問いたいのです。
 ハマスによって攻撃されたというイスラエルの音楽イベントには、大勢の一般市民や観光客が参加していました。報道によればその多くが殺害・拉致されたのです。当事者はもちろん、家族の嘆き、悲しみ、そして怒りはいかばかりでしょう......。ハマスに報復したいという心情も理解できます。
 しかし、僕らは21世紀の法治国家である日本で生きています。たとえ殺人の被害にあっても、国内では私的な復讐は法律で禁じられています。もし不幸にもあなたの家族が犯罪に巻き込まれたとして、あなたは犯人に報復できるでしょうか? いくら悔しくても、自分でやり返したりはせず、警察の捜査や裁判に委ねなければならないのです。これが法治国家の大原則であり、先進国である日本において国民はその原則を受け入れています。イスラエルの人たちも同様でしょう。
 ところが国際関係となると、その原則が見失われてしまいがちです。相手が同胞ではないパレスチナ人ならば、武器を持たない女性も子どもも老人も、ハマス殲滅という目的達成のために殺してもいいのでしょうか? 「法」とはルールです。国際社会でも国家でも企業でも、およそルールに基づく組織運営をする以上、仮に嫌いな相手でも、自分が不利になろうとも、ルール順守は絶対です。
 もし、嫌いな相手に対してはルールを破ってもいい、自分が不利な場合はルールを無視していい、相手が先に破ったら自分も破ってもいい、となれば「法による統治」「ルールに基づく組織運営」は成り立たなくなります。
 そもそも現代の国際法に則れば「暴力による解決」「力による現状変更」は絶対に認められません。イスラエルとパレスチナの共存を約した1993年のオスロ合意、さらには47年の国連パレスチナ分割決議を起点にすれば、その後のイスラエルによるヨルダン川西岸地区への入植活動は明らかに国際法違反です。これはイスラエルによるパレスチナ侵略だと僕は考えます。パレスチナ人から見れば、イスラエルの建国そのものが「侵略」なのかもしれません。さらにイスラエルによるガザ地区の封鎖は、ガザ地区内を「天井のない監獄」にしていると評されるほど、人道法上の問題を引き起こしています。
 ですから極論すれば、今回のハマスによる襲撃は、イスラエルの侵略に対する自衛権の発動だという見方もできます。しかし、仮にそうだとしても、あれだけイスラエル市民を虐殺した行為は、人道法に反し自衛の範囲を逸脱しています。すなわちハマスの行為を非難できるのも、自衛も法=ルールに服さなければならないという法の支配を前提とするからなのです。

■必要なのは法の支配を守る「不屈の精神」

 そうであればイスラエルも法=ルールに服さなければなりません。今度はハマスに対するイスラエルの自衛について法の支配が持ち出されるのです。
 ゆえに、イスラエルによるガザ地区の大規模空爆や大規模地上侵攻は、多くの一般市民が犠牲となるので人道法に反するし、均衡性の原則にも反します。明らかに自衛の範囲を逸脱しています。
 また、イスラエルは空爆や地上侵攻を予告し、「24時間以内の退避」をガザ市民に呼びかけましたが、こうした住民移動の強制も国際法に違反しています。イスラエル側の論理では「警告したのに逃げないのが悪い」と言うのでしょうが、これは「退避」という名の「強制移住」です。ガザ地区はイスラエルの占領地ですが、占領地において住民を強制移住させることは絶対に認められません。それは侵略です。これが是とされるならば、ヨルダン川西岸地区におけるイスラエルの入植活動も是とされてしまうし、そればかりでなく避難警告さえすれば、どんな武力攻撃をしてもいいことを認めてしまうことになる。そうなれば一方的にウクライナに侵攻したロシアに対しても、あるいは今後台湾侵攻が懸念されている中国に対しても、「警告後」の武力攻撃にお墨付きを与えてしまうことになってしまうのです。
 僕らは今、第2次世界大戦後、国際社会が築き上げてきた「法による秩序」の崩壊の危機に直面しています。「力の強い者(国)」が一方的に現状を描き直す行為は絶対に許されないというメッセージを、ロシアや中国に強く訴えていく必要があります。
 だから、少なくとも日本の政治家はイスラエルによる大規模空爆に理解を示してはいけません。それは、ルールなんか時と場合によっては破っていいんだという宣言であり、法の支配を根底から覆しかねない危険なメッセージになるからです。
 イスラエルにとっては大変困難であり苦しくとも、あくまでもハマスという武装組織を壊滅させる局所的攻撃までが自衛の範囲です。さらには自らが行っている入植活動も即時に止めなければなりません。
 今回の危機が表面化してから、アメリカやヨーロッパでは、イスラエル支持者とパレスチナ支持者のデモが頻繁に起こっています。街中で激しい舌戦が繰り広げられる様子を、テレビや新聞は「世界は分断に向かっている」とはやし立てますが、この光景こそ民主主義のあるべき姿だと僕は感じます。互いに主義主張の応酬をしても、銃弾やロケット弾が飛び交うことはない。どんなに見解が激しくぶつかり合おうとも、最後は選挙で決する。これこそが2度の世界大戦を経て僕らが手にした法の支配による世界秩序、民主国家の姿じゃないですか。
 法の支配とは、本当のところはフィクションにすぎません。皆が信じるから維持されているようなものです。今の日本や先進国のように、国民が法を順守する共通認識を持って初めて機能する制度なのです。法を守ることが安定した秩序ある社会を維持するために必要不可欠なことだと理解し、どんな事情があろうとも、どんな相手であろうとも法に則ることを受け入れているからこそ実現します。だからこそ一度ほころびを許してしまえば、なし崩し的に崩壊しかねない脆さもはらんでいるのです。
 法の支配を維持するためには、各メンバーが絶対にそれを守り維持するという決意とエネルギーが必要なのです。
 西欧諸国も日本も長い歴史を踏まえて法の支配を築き上げてきました。中東やアフリカに法の支配が行きわたるにはあと100年かかるかもしれませんが、後戻りさせるわけにはいきません。それにはまず、法の支配が浸透している側にいる僕らが、その意識を絶対に緩めないという不屈の精神こそが必要不可欠なのだと思います。

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