「国会議員が大騒ぎする市議と公設秘書の"兼職"はどこが問題なのか?」
Question
■市議が公設秘書を兼ねるメリットとは?
日本維新の会の池下卓衆院議員が、地元の市議2人を公設秘書として雇っていたことが問題になりました。本来は「兼職禁止」ですが、「議員が許可すれば例外的に兼職可能」であり、厳密に法律違反とはいえません。が、与野党や国民からの批判を受けて、兼職禁止の法改正をすべしという意見が主流になっています。これに対して橋下さんは、問題の本質は「報酬の二重取り」であり、「兼務」にはむしろメリットもあると持論を述べていますね。
Answer
■参議院議員と自治体首長の兼職も検討すべき
今回、世論からの批判を受け、当の維新自ら、「兼職禁止の法案を出す」と発表しました。次の臨時国会で議論されるようです。でも、ちょっと待ってくれと僕は言いたいですね。これは最悪なパターンのルールづくりだよと。今回の一連の騒動は、「リーダーがしてはいけない決定プロセス」の典型例だと思うのです。
何か"問題"が浮上し、世論やメディアから一斉に非難の声が上がる。それを受けたリーダーが間髪をいれずに「問題是正」の改革案をぶち上げる。これは一見世論を汲んだ迅速な対応に見えますが、僕に言わせれば稚拙なリーダーシップと言わざるをえません。責められたから改める。そこに厳密な理由や本質的な問題意識はあるのでしょうか。もしそれらがなければ、その問題是正策は真の効果を発揮せず、形だけの策に終わってしまいます。そう、コロナ時期の「新型インフルエンザ等対策特別措置法一部改正」や、「旧統一教会の被害者救済法案」のように。
最近では「LGBT理解増進法」も同様の道をたどっています。一見「多様性社会」への一歩を踏み出したかのように見えますが、この法律は、社会がLGBT当事者にどのように対応したらいいのかという一番悩ましいところへの解とはなっていません。つまり社会に対して具体的なルールを示しておらず、俺たち国会議員は多様性ある社会のことをしっかり考えていますよ! というアピール以外には何の効果も発揮しません。デパートやその他多くの人が集まる民間の施設では、トイレや更衣室などにどのようなルールを設定したらいいのか混乱が生まれています。生物学的な意味での男女の区別はある場面では必要なのか、それとも一切なくすのか、どちらを選択しても世間からの批判を浴びる肝心のルールを決めずに、「知識の普及」や「研修の実施」などの文言が躍るばかりです。
問題是正策という「改革」とは、常に「原因・理由究明」と「対策案」がワンセットであるべきです。ところがLGBT理解増進法も今回の市議と公設秘書の「兼職禁止」案も、その2つがすっぽり抜け落ちてしまっています。
兼職禁止とされる理由は何か。ここの究明が重要なのです。一番の大きな理由は「報酬の二重取り」でしょう。世間が兼職に批判を浴びせたのもこの点がメインです。兼職しても報酬は一人分か、せいぜい増えた仕事量に応じて数割増加程度なら国民理解も得られるでしょうが、2人分は取りすぎです。
では、報酬の二重取り以外に兼職に問題点はあるでしょうか。世間の批判があるから直ちに兼職禁止という思考は安易すぎます。
法律の世界では「立法事実」の議論が大切です。法律制定の際、その法案の合理性を支える根拠や事実がどこにあるか。仮に「兼職禁止」の法律をつくるなら、それ相応の根拠が必要です。なぜ兼職がいけないのか、兼職するとどんな不具合が生じるのか、それらの不具合を防ぐにはどんな法律が必要か、それらを論じるのが「立法事実議論」です。その議論が曖昧なまま「兼職禁止」と決めつけるのは、余計な禁止領域を広げてしまい、かえって兼職によるメリットを抑え込んでしまうのです。「兼職禁止」の理由を具体的に考えていくと、他の法律などにヒントがあります。例えば地方議員や国会議員は裁判官になれませんし、警察官や検察官にもなれません。理由は明確で、チェックする側とされる側が一緒ではチェック機能が働かないからです。
あるいは地方議員が教育委員や公安委員、人事委員や固定資産税などの評価委員になることもできません。政治的中立性、客観的公平性を担保するためです。また役所から公共工事などを受注する業者との兼職も不可です。両者の癒着を防ぐためです。
こうしてみると現状の「兼職禁止」にはそれぞれ明確な根拠があることがわかります。では地方議員が国会議員の公設秘書を兼ねることの弊害には、どんな明確な根拠があるでしょうか。
これが先ほどの報酬の二重取り以外には思い付かないですよね。国会議員の公設秘書と地方議員はどちらも相互チェックの関係性にはありませんし、その一体性から金銭的癒着が発生するわけでもありません。
あえて言うなら「職務専念義務」を果たせない、という声があります。どの職業にもしっかりと職務に従事する義務があります。しかし今の時代、本業に支障が出ない範囲での副業は認めていこうという流れになっています。
■「報酬の二重取り」と「兼職の可否」は別問題
この視点で国会議員の地元公設秘書の仕事と、地元地方議員の仕事を分析して見ると、かなりの部分で重なっており、兼職しても両方の職務に支障がないことがわかります。地元公設秘書も地元市議もどちらもメインの仕事は「地元の声を政治に届ける」こと。地元有権者の葬儀に出席したり、祭りや自治体イベントに顔を出したり。有権者とコミュニケーションを図り、地域の課題や声を吸い上げて政治に届けることが両者の主な仕事です。そうなると「兼職」にはデメリットどころかメリットのほうが多いことがわかります。地方の政治と国の政治をつなぎ、有権者の声を両方に届けることができる。加えて、両方の仕事を兼職させながら、報酬を一人分とすれば、税金の節約にもなります。
実際のところ、国会議員と地方議員の関係性は必ずしも良好とはいえません。だからこそ両者の立場を知る兼職者が、地方と国政を結び付けるのであれば、僕はメリットのほうが大きいと思っています。
そもそも僕は維新の代表を務めていた時代、「地方の首長と参議院議員を兼職させるべし」と主張していました。日本の国会は建前では二院制ですが、現実には参議院は衆議院のカーボンコピーと呼ばれ両者の差がわかりません。そうであれば首長が参議院議員を兼務することで、地方政治の声を国政に直接届けたほうがいいのではないか。
実際、ドイツ連邦参議院議員は各州の首相(首長)などが務めています。フランスでも地方首長と国会議員兼職は可能です。かつてジャック・シラクさんも、首相時代にパリ市長を兼務していました。こうして考察していくと、地方議員と国会議員公設秘書の「兼職」を禁止する根拠は、報酬の二重取り以外にはほぼないのです。むしろ兼職のほうにメリットがあります。
これから日本は本格的な少子高齢化社会を迎えます。「1人が2役・3役」を兼ねる兼職・副業の時代を推進すべき立場の政治家たちが、世間から批判を浴びたことで、自らの足元の兼職をバッサリ切り落としてしまうような今回の判断は、僕はどうかと思いますね。
繰り返しますが「報酬の二重取り」は論外です。しかし、それと「兼職の可否」は別問題。二重取りがダメならそこだけを禁ずればいい。問題が生じたら原因・理由を追究し、それに合わせた対策を講じる。これがリーダーに求められる問題解決の思考です。