「出生率アップに成功した諸外国に学んで日本が今すぐやるべきこと」

Question
■岸田首相が「骨太方針」に盛り込むべきことは?

 岸田文雄首相は、2023年1月の施政方針演説で「従来とは次元の異なる少子化対策を実現する」と表明しました。中身としては①児童手当など経済支援の拡大、②幼児・保育サービスの充実、③育児休業制度強化や働き方改革の3本柱を掲げましたが、詳細は6月の「骨太方針」が待たれます。防衛力強化と同時に、「少子化対策」を最重要課題に掲げる姿勢を、橋下さんはどう評価されますか。

Answer
■まず「子供を持ちたいのに持てない」理由を探れ

 防衛費の増額については、僕は賛成の立場です。もちろん賛否両論ありますが、中国・北朝鮮・ロシアと地理的に近い日本として、軍事力の均衡によって抑止力を高める防衛力の強化は必須だと考えるからです。
 ただ、こうした「わかりやすい脅威」以上に急速に日本を蝕みつつあるのは、「一見わかりにくい脅威」、つまり少子高齢化です。統計を取り始めた1899年以来、出生数が最多だったのは1949年の269万人、いわゆる「団塊世代」でしたが、そのジュニア世代が出産時期をピークアウトしつつある現在、1年間の出生数は往時の3分の1以下にすぎず、先日の加藤勝信厚生労働大臣の発言によると、2022年はついに80万人を割り込む予想です。一方で、一年間に亡くなる日本人は約140万人います。単純計算しても、島根県の人口とほぼ同じ60万人強が毎年減少していることになるのです。
 もし今、僕が若者だったら......、戦闘機やミサイル、戦車ばかり立派で、しかしそれを操るのは高齢者ばかりの「老いた国家」など、まっぴらです。
 では、どうすればいいか。1つの方法は移民の受け入れを増やすこと。もう1つは生まれてくる子供を増やすこと。とはいえ、女性に向かい「産めよ・増やせよ」の大号令は時代錯誤です。子供を持つ・持たないは完全に夫婦間、あるいは個人の自己決定事項であり、国家が口を挟むようなことではありません。
 ただし、希望はあります。理由は、日本人の大多数が「子供を持ちたくない」と考えているわけではなく、むしろ「様々な状況が改善すれば」「本当はもう1人か2人持ちたい」と思っているからです。ゆえに、この様々な状況を改善することが、まさに政治の使命なのです。
 では、どのような状況改善が必要なのか。
 それは「子供を持ちたいのに、持てない」主たる理由を探るところから始まります。種々の世論調査などによれば、経済的に余裕がないことを筆頭に、子育てに費やす人的・時間的コストの不足、社会(世間)の無理解という理由が並びます。この改善こそが少子化対策の柱です。
 また、少子化現象を表す数字として、1人の日本女性が一生涯で産む子供の数である「合計特殊出生率」がよく引用されますが(現在は約1.3人)、この数字はあくまでも15〜49歳の全女性を対象にしたものであることにも注目すべきです。実は法律婚をしている夫婦に限定して「合計結婚出生率」を調べてみると、その数は限りなく2.0に近づくのです。夫婦世帯は昔も今も2人に近い子供を持っているのですね。
 そうであれば、日本の少子化現象は結婚しない男女の増加が要因だとも言えます。
 そうなると、若者たちが結婚しやすい環境を整える政策も少子化対策の柱になりますが、ここでもう1つ、結婚しなくても子供を産み育てやすい環境を整える政策も少子化対策の柱になると思います。
 実は海外で出生率アップに成功した国々は、押しなべて「婚外子」の割合が高い。特に欧米諸国においては「法律婚ではない男女間に生まれた子供」の割合は、全子供の3〜5割に達することに驚かされます(日本は2%)。未婚の母、未婚の父、同性婚、代理母出産......、新しい形の〈家族〉のもとに生まれてくる子供たちの存在こそが、「少子化」対策のカギなのです。

■これはもう最悪の言葉

 振り返って日本は、法律婚絶対主義国家です。「未婚の母(父)」「同性婚」「婚外子」といった"いわゆる伝統的でない家族"の存在を忌み嫌い、「日本古来の価値観を崩す」「社会が変わってしまう」と本気で憂う政治家たちが率いる国。
 その象徴が「非嫡出子」という言葉ではないでしょうか。僕も弁護士として裁判書面を書く際は、「非嫡出子」と書かざるをえませんが、これはもう最悪の言葉ですよ。どんな環境に生まれようとも子供は子供。かけがえのない大切な命で、社会の宝なのに、その「子供」の前に「非」の一字をつける無自覚の差別意識。こうした偏見がなくならない限り、日本の少子化は今後も進んでいくはずです。
 現在、国会では「少子化対策」の中心として子育て世帯への経済支援が主に論じられていますが、こちらも「何のため・誰のための政策・予算か」という根本原理や思想がなければ、単なる五月雨式の思い付き、一時のバラマキで終始してしまうでしょう。そう、これまでの日本の「少子化対策」の多くが実を結ばなかったように。
 今回、野党はもちろん、自民党の茂木敏充幹事長も「子育て支援への所得制限撤廃」を口にしていますよね。しかし、支援する対象の設定はやはり必要ですよ。極端な話、年収が1億円、2億円の世帯に毎月5000円支給してもたいした少子化対策の効果は生まれません。
 もちろん僕だって高額所得者いじめをしたいわけではありません。現状の「夫婦のうち高いほうの年収が1200万円を上回る世帯には、子育て特例給付金0円」が妥当とは思っていません。「年収1300万円世帯」でも子供が4人いれば、給付金がもらえる「950万円世帯」で子供1人の家庭よりも、生活は圧迫されているはずです。

■N分N乗方式

 そこは昨今注目を集める「N分N乗方式」で、1世帯の所得合算を家族人数分で割り、納税額を決める税制とのミックスを考えるべきです。このN分N乗方式は高額所得者に有利になる! という批判の声がありますが、有利になるのではありません。子供を多く持っている世帯の税額を「適正化」するだけです。これまで子供の多い世帯に対してあまりにも多額の税を負担させていたのを合理的な額にするだけです。
 そのうえで、恩恵をあまり受けない中低所得世帯には現金給付で支援する。ですからN分N乗方式で恩恵を受ける高額所得世帯には現金を出さないように所得制限をかける必要があるのです。現金給付のところだけを見ていてはダメなのです。
 いずれにせよ、あらゆる政策の根底には、「データ・分析・思想」が欠かせません。「そもそも現在の日本社会で、『年収1200万円超=高所得者』は妥当なのか」「日本で子育てをしたら、総額いくらかかるのか」「国としてどの部分にいくら支援したら、国民はもう1人子供を持てるのか」といった詳細なファクトデータを集めたうえでの政策構築をしなければ効果を発揮しません。まさに「EBPM(Evidence-Based Policy Making)」(エビデンスに基づく政策立案)というやつです。
 それなくして、とにかく所得制限撤廃!!なんていう耳に心地いい掛け声を発する「少子化対策」を進めても、これまで同様、少子化は改善しないでしょう。
 これまでどれだけ少子化対策が叫ばれ、政治家が何度となく政策立案してきても、一向に効果を発揮しないのは、データ・分析・思想のない政策立案だったからです。企業の戦略立案でもEBPMは重要ですね。



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