「問題の核心は街路樹伐採やパワハラではない...橋下徹「これが経営者親子の"キャラ立ち"に惑わされずに根本原因を見つける考え方」

Question
■事件の詳細に惑わされず再発防止を考えるには

 中古車販売でシェア約15%といわれる最大手のビッグモーターが、保険金不正請求問題等で糾弾されています。こういうとき我々はつい目先の事件の詳細に目を奪われてしまい、「仕組み」そのものへの大局的視点を失いがちです。根本的な問題点を見つけ、有効な防止策を打ち出すには、どのような思考法が大切でしょうか。

Answer
■チェックする側とされる側の相互依存を断ち切るべき

 この手の問題に対処するときに意識したいのは、「具体化」と「抽象化」の作業です。報道されたとおり、ビッグモーターが保険金の不正請求を長年組織ぐるみで行ってきたとするなら、同社の不正は追及されてしかるべきです。公道の街路樹を勝手に伐採したり、除草剤で枯らしたりしたのが本当なら言語道断ですし、創業者の兼重宏行社長と、息子の兼重宏一副社長(ともに2023年7月に辞任)による従業員への強権的な指導方法にも、問題があるといえばあるでしょう。

ただ、こうした掘れば掘るほど出てくる"新事実"は、「具体化」の結果見えてくるミクロな事象です。ここで同時に必要なのは、事態から一歩引き、高く広い視点から、一般化する「抽象化」の思考法なのです。

ビッグモーターは経営者親子が"キャラ立ち"しており、会見を開けば事態の収束どころか、新たな話題を振りまき、聴衆の関心を引き付けます。だからこそ人々の関心は「具体化」のベクトルに向かってしまうわけですが、個別事例に目を奪われている限り、「そもそもなぜこうしたことが起きたのか」の原因にはたどり着けません。

当初、「不正請求された被害者」と目されていた損害保険会社も、ふたを開ければ相互依存関係に陥っていたことが明らかになりました。とりわけ、述べ37人もの出向者をビッグモーターに送り続けてきた損保ジャパンが水増し請求や不正に気づかないわけはなく、むしろ自ら自動車事故に遭った保険契約者をビッグモーターの修理工場に紹介し、その見返りとして自動車損害賠償責任保険(自賠責=強制保険)契約を大量に獲得できる仕組みを築いていたことに驚かされます。

中古車の「販売」「買い取り」「車検」「修理」「板金塗装」「損害保険」「リース」に至るまでのワンストップ・サービスは画期的で、利用者には利便性を、提供者には盤石な利益が約束されますが、残念ながら、そこには何かしらの構造上の欠陥があったと見るべきです。

ここで抽象化の視点から、どこに問題があるかを考察してみましょう。似ているのは監査法人と企業との関係です。企業の会計監査を行うのが監査法人ですが、コンサルティング部門を持つ場合もあります。もしその法人が監査対象の企業にコンサルティングも提供していたらどうでしょう。監査する側(監査法人)がされる側(企業)からコンサルという大きな仕事を請け負い多額の報酬を得るのですから、公正な監査が行われるかどうか疑問を持たれても仕方がありません。

ここで監査する人の倫理観や公正性を説いても始まりません。目の前にぶら下がるニンジンにひかれて公正な監査をしなかった人間をどう罰するかという議論以前に、そもそもニンジンをぶら下げ続けた仕組みには問題がなかったのかを議論し、正していくべきでしょう。「チェックする側」と「される側」の相互依存関係を切断する――つまり保険金請求を行う自動車販売店や修理業者には保険代理店を認めないという法制度改正が必要になるでしょう。保険金請求を行ってきた自動車販売店や修理業者がその保険会社に多大な利益を与える保険代理店を兼ねていたら、保険会社は厳しく保険金請求を査定できるでしょうか? 僕もそこまでは把握していなかったのですが、調べた人によると、米国や欧州、中国では自動車販売業者が保険代理店を務めることが法律で禁じられているようです。

考えてみれば当然で、僕ら弁護士も金銭授受がある相手に対して訴訟することはできませんし、裁判官も一定の依存関係がある人物の裁判には関わることができません。「利害関係のある相手には、厳密なチェックを行うことはできない」ことは、自動車販売や保険の業界以外でも周知の事実なのです。

一方で保険業界特有の競争激化の事情も絡んでいます。僕自身、弁護士として20年前には今回のような自動車保険金請求をめぐる案件にも携わっていましたが、当時は損保会社の「アジャスター」と呼ばれるプロの調査員が、徹底して不正の存在をチェックしていたものです。どんな小さな不正でも、不正は不正。コストをかけてでも調査すべしという気概があった。わずか数万円の保険金請求なら、数十万円かけてチェックするより支払ってしまったほうがコストはかかりません。しかし一度それを許せば、保険制度の根本が崩れてしまう。自分たちが保険制度を守っているんだという意識で不正チェックをやっていた。

しかし、いまやコスト最優先の時代になりました。背景には損保業界を取り巻く環境変化があるのでしょう。自動車保険では手軽なネット保険も登場し、価格競争が熾烈です。金額の少ない案件まで厳密に調べていたのでは、調査コストのほうが高くついてしまう。そのことに耐えられない業界の現状が、今回の事件の原因の一つだと僕は思っています。一連の事件では、アジャスターは基本的に現場に赴かず、写真のみでチェックを行っていたとか(もっとも、いくら「写真だけ」でも、プロの調査員なら本物の傷なのか、ゴルフボールで殴った跡なのか見分けはつくはずですが......)。

■抽象化の思考で普遍的な新ルール・制度を作る

 要するに今回の事件は、単にビッグモーターや損保ジャパンという特定企業の倫理観欠如の話では終わらないのです。

「利益を与えてもらっている相手に対しては厳しい態度で臨めない」

この人間の普遍的な原理原則まで今回のビッグモーター事件を「抽象化」し、そのうえで、「利益」と「厳しい態度」が結びつかないような構造に作り替える。「保険金請求を行う自動車販売店には、保険会社に多大な利益を与える保険代理店を認めない」という一般的なルールを作り出していくことが、抽象化の思考です。この抽象化の思考は、ジャニーズ事務所創業者の性加害問題と長くその事実を黙認してきたメディアとの関係性など、他の事象にも応用可能な思考法です。

実際に起きてしまった事件を正しく見極め、処罰するためには具体化の思考も欠かせませんが、同様の問題を将来的に未然に防ぐためには、抽象化の思考こそが大切です。具体化の思考は演繹法、抽象化の思考は帰納法の思考法とも言えるでしょう。事件を肴に騒ぎ立てて終わりにするのではなく、特定の人物や業界、地域、時代を超えた普遍的な新ルール・制度を作るのがリーダーの務めです。

back next